企業の業績が悪化した場合に構造改革(リストラ)の一環として行われる印象の強い早期優遇退職制度ですが、近年は組織の若返りや活性化のために導入する企業も増えています。
応募可能な年齢も50代から40代、30代へと広くなる傾向にあり、従業員にとっても主体的にキャリアを選択するための重要な手段と言えます。
しかし、割増退職金などの目先の利益に目を奪われて早期退職制度に応募してしまうと、後悔することになるかもしれません。
今回は早期優遇退職制度のメリット・デメリットについて解説したいと思います。
早期優遇退職制度で後悔しない!知っておくべきメリット・デメリット
早期優遇退職制度とは?
早期退職優遇制度とは、定年を迎える前の社員を対象に、退職金を優遇するなどして退職者を募る仕組みです。
早期優遇退職制度はさらに早期退職制度と希望退職制度に分けることができます。早期退職制度は、組織の若返りを図ったり、従業員の主体的なキャリア選択を後押ししたりすることを目的に恒常的な人事制度として導入されます。一方、会社の業績悪化を理由に構造改革(リストラ)の一環として臨時で行われるものは、これと区別して希望退職制度と呼ばれます。
東京商工リサーチの調査*によると、2019年に早期・希望退職者の募集を行った上場企業は延べ36社、対象人数は1万1,351人に上り、過去5年間で最多となりました。業績不振を背景に希望退職制度を実施した企業もありますが、多様な働き方に対応するために早期退職制度を積極的に活用する企業も増えており、この流れは特に大企業を中心に今後も続くと予想されます。
出典:東京商工リサーチ|最新記事|データを読む|2020年|2020.01.15 2019年(1-12月) 上場企業「早期・希望退職」実施状況
早期退職制度と希望退職制度の違いとは?
早期退職制度と希望退職制度では雇用保険における「離職理由」の区分が異なるため、離職中に受け取れる失業手当の給付日数などの条件が大きく異なります。
早期退職制度は「自己都合退職」
早期退職制度は、恒常的な人事制度を従業員が自らの意志で利用するもののため、原則「自己都合退職」として扱われます。
自己都合退職の場合、雇用保険では「一般の離職者」として扱われ、ハローワークに申請後、基本手当(いわゆる失業手当)を受け取れるようになるまで、7日間の待期期間に加え、最長3ヶ月間の給付制限があります。給付日数も、被保険者期間に応じて約3~5ヶ月間と短めです。
早期退職制度を利用して会社を辞める場合は、貯蓄が十分にあるか考慮しつつ、計画的に転職活動を行う必要があります。
年齢 | 被保険者期間 | ||
---|---|---|---|
1年以上10年未満 | 10年以上20年未満 | 20年以上 | |
全年齢 | 90日 | 120日 | 150日 |
出典:ハローワークインターネットサービス|よくあるご質問(雇用保険について)
希望退職制度は「会社都合退職」
希望退職制度は、事業主の都合による離職のため、原則「会社都合退職」として扱われます。
会社都合退職の場合、雇用保険では「特定受給資格者」として扱われ、7日間の待期期間の後すぐに失業手当を受け取れます。給付日数は年齢と被保険者期間によって細かく区分されており、最長で11ヶ月間(45歳上60歳未満で、被保険者期間が20年以上ある場合)受け取ることも可能です。
年齢 | 被保険者期間 | ||||
---|---|---|---|---|---|
1年未満 | 1年以上 5年未満 | 5年以上 10年未満 | 10年以上 20年未満 | 20年以上 | |
30歳未満 | 90日 | 90日 | 120日 | 180日 | ー |
30歳以上 35歳未満 | 120日 | 180日 | 210日 | 240日 | |
35歳以上 45歳未満 | 150日 | 180日 | 240日 | 270日 | |
45歳以上 60歳未満 | 180日 | 240日 | 270日 | 330日 | |
60歳以上 65歳未満 | 150日 | 180日 | 210日 | 240日 |
出典:ハローワークインターネットサービス|よくあるご質問(雇用保険について)
なお、希望退職制度を利用して退職するには会社からの承認が必要ですので、応募したからといって必ず希望通りの条件で退職できるわけではありません。応募者のポジションや能力によっては会社から慰留されることもあり、その場合に無理に反対を押し切って退職すると、自己都合退職として処理される可能性もあります。
<コラム>選択定年制度とは?
45歳、50歳、55歳など会社の定めた年齢に達したときに、退職するか継続して働くかを従業員自身が選択できる制度を選択定年制度と呼びます。一般的に、退職を選ぶと割増退職金を受け取ることができ、会社に残ることを選ぶと管理職から外れる(役職定年となる)などの措置が設けられています。
老齢年金の受給開始年齢が60歳から65歳に引き上げられたことにともない、企業は従業員が65歳になるまで安定して雇用することを高年齢者雇用安定法によって義務付けられています。そのため、企業は下記いずれかの対策を講ずることが求められました*。
- 65歳までの定年の引上げ
- 65歳までの継続雇用制度の導入
- 定年の廃止
選択定年制は「1. 65歳までの定年の引き上げ」の一種で、定年を一律65歳とする代わりに、より早い段階で従業員に自らのセカンドキャリアについて主体的に選択することを求める制度となっています。退職理由が「定年」「自己都合」「会社都合」のいずれになるかは、会社によって異なるようですので、自社の制度を確認してみましょう。
出典:厚生労働省|高年齢者の雇用
早期優遇退職制度に応募するメリット・デメリット
早期退職制度に応募する前に、メリット・デメリットを確認しておきましょう。
早期優遇退職制度に応募するメリット
早期退職制度に応募するメリットは、自由に使えるお金と時間が手に入ることです。
割増退職金を受け取れる
一般的に、早期退職制度を利用すると割増退職金を受け取ることができます。厚生労働省が退職理由別の退職金を調査したところ、勤続20年以上かつ45歳以上で早期優遇退職を選んだ場合、受け取った退職金は平均2,326万円、月収換算で43.4ヶ月分という結果になりました。これは退職理由の中でもっとも高く、自己都合退職の1.5倍もの金額です。
退職給付の 平均額 | 退職時の 所定内賃金 | 月収換算 | |
---|---|---|---|
早期優遇退職 | 2,326万円 | 53.6万円 | 43.4月分 |
定年退職 | 1,983万円 | 51.3万円 | 38.6月分 |
会社都合退職 ※解雇 | 2,156万円 | 61.1万円 | 35.3月分 |
自己都合退職 ※一身上の理由での退職 | 1,519万円 | 51.3万円 | 29.6月分 |
出典:厚生労働省|平成30年 就労条件総合調査の概況|4 退職給付(一時金・年金)の支給実態より作成
健康で体力のあるうちに自由な時間が手に入る
定年で引退する場合と比較して、健康で体力もあるうちに自由な時間を手に入れることができます。そのため、家族と過ごす時間を増やしたり、セカンドキャリアに向けて勉強に励んだりと、時間を有効に使うことができます。また、引退後のセカンドライフのための資金が十分ある場合は、そのまま早めに引退生活に入るという選択も可能です。
転職活動をしやすい
転職活動をする際には退職理由を必ずと言っていいほど聞かれますが、どのような経緯でどんな考えを持って早期退職制度を利用したのかを説明することで、面接官にも主体的で前向きな選択だったと理解してもらうことができます。自分の意志で決断を下したことが伝われば、「しっかりと考えて転職活動に臨んでいるという人」というポジティブな評価につながるはずです。
早期優遇退職制度に応募するデメリット
一方で早期優遇退職制度には下記のようなデメリットもあります。無計画に応募しないことが重要です。
再就職先がすぐに決まる保証はない
すぐに再就職するつもりで退職したものの、再就職先がなかなか見つからない可能性があります。不景気の影響で同業他社でも同様の大規模な早期優遇退職の募集があった場合、似たキャリアを持つ人が同時に、大量に転職市場に流れ込み、競争が激化することは想像に難くありません。
転職活動の期間が長引けば、お金の心配から焦って誤った選択をしたり妥協をしたりと、後悔することにもなりかねません。「退職金があるから」と考えがちですが、生活費で退職金を取り崩すことは避けたいものです。自分の市場価値を見極めるためにも、転職活動は制度に応募する前から計画的に進めることをおすすめします。
再就職後の収入が減る可能性がある
早期退職者が再就職する場合、年収はどうなるのでしょうか。厚生労働省が自己都合退職者を含むすべての退職者の賃金変動率の調査*したところ、年齢が上がるにつれて再就職後の賃金は減少する傾向にあり、50代を境に減少する人が増加する人を上回るようになります。年収アップを望んで退職の希望を出したものの、結果的に大幅な収入減になってしまった……とならないように注意が必要です。
出典:厚生労働省|令和元年上半期雇用動向調査
年金受給額が減る可能性がある
老齢厚生年金は報酬比例のため、加入月数だけではなく、現役時代の賃金の水準によって受給額が変わります。そのため、離職期間が長くなったり転職後に年収が下がったりすると、その分受給額も少なくなってしまいます。早期退職は将来もらえる年金にも大きく影響を与えるため、目先の退職金や転職にだけにとらわれず、老後のことも考えて計画を立てましょう。
公的年金制度が受給額については、こちらの記事でも詳しく解説しています。
早期優遇退職で後悔しないために
早期優遇退職を活用すれば、自分の自由にできるお金と時間を手に入れることができます。しかし、お金も時間も有限です。際限なく使えるものではありません。キャリアプラン、ライフプラン、マネープランをよく考え、家族の同意を得た上で応募しましょう。
<早期優遇退職に応募する前に確認したいこと>
□自分のスキルや経験から、転職市場での「市場価値」を見極める
市場価値を見極めるためには、転職エージェントなど客観的なアドバイスをくれる方に相談してみましょう。LinkedInやWantedlyなどのビジネス特化型SNSに登録して、スカウトを待ってみるのもおすすめです。市場価値が低く、年収アップが難しい場合は、会社に残るのも賢明な判断です。キャリアチェンジに対する意志が堅い場合は、離職後一定期間は(無収入で)職業訓練や勉強に集中することも覚悟の上、資金計画を立てましょう。
□充分な貯蓄があるか確認する、収入ゼロになった場合のシミュレーションをする
当面必要な生活資金だけでなく、子どもの教育資金、老後の生活資金など、将来的に必要になるお金も考慮しましょう。下記の記事も参考にしてみてください。
□家族に相談し、同意を得る
家族に応援してもらえることが最も重要です。家族に黙って決断し、後々禍根を残さないようにしましょう。
まとめ
早期退職の検討にあたって考えなくてはいけないのは、当面の給与や生活費のことだけではありません。子どもの教育費やローンの残存期間、年金や保険、退職金の受け取り方など多岐にわたります。
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